2008年11月25日火曜日

ビバ1.0

Processingバージョン1.0おめでとう。
ここまで、よくこぎつけた。
君たちの努力にこれからも感謝するだろう。
グラッチェ。
なんてめでたい日なんだ。
こんな日が来るとは思いもよらなかった。
コングラッチレーション!!
jikesから離れてどうなるかと思ったけど、よくやった。
少し早いけど、ハッピーニューイヤー

2008年11月22日土曜日

Javascriptでブログライクを作る3

4.のJavascriptで書く。について
決めておくこと。
・ファイルの書き込みだけは、PHPやPythonやRubyやPerlやJavaなどに任します。
・あと、一から全て作るのは大変そうなので、prototype.jsを使うことにします。
・プラグイン方式にする事は考えないで作成します。
・動作環境は、Firefoxを中心にIEでも確認してみます。
以上

2008年11月13日木曜日

Javascriptでブログライクを作る2

まずは、自分の要望。

1.1つの記事に1つのアドレスを対応させる。
2.ファイルの書き込みは、任意の言語に任せる。
3.ラベル(タグ)を柔軟に使う。
 ①タグにレベルをつける。
  例)大分類-中分類-子分類-・・・-
 ②複数のタグを記事に貼り付けられる。
4.Javascriptで書く。
5.ファイルは、xml形式

さあ、次回から自分の要望に自分で答えていくぞ。

2008年11月12日水曜日

結果から原因へ

物事は、原因があるから結果があるとよく言う。
また、偉い人なんかは、
「お前の努力が足らんから、こんな無様な結果になったんだろうに。」
と、僕を怒る。
けど最近思ったことは、違う。
結果があるから、原因があるんだ。
楽しい日曜があるから、それまで頑張っていけるんだ。
モチベーションをあげるには、こちらの方法がよさそうだ。

2008年11月6日木曜日

M is for mokojarasi

新しもの好きで、それでいて飽き性で、けど拘るとこ拘る人は、モコジャラシだ。
といわれるように、頑張る。
持続しなかろうが。

Javascriptでブログライクを作る

プロローグ

無料で提供されているブログサイトの使い勝手に、不満を持った人間がいた。
贅沢なものだ。只であることが、当たり前だと思うなこの馬鹿たれが。
お前が、ブログを作れと言われたって、作れないくせに。
ごめんなさい。
でも、どこまで作れるか、試してみたいな。


続く?

2008年11月5日水曜日

書く語れず

Javascriptについて書こうと思い、色々と修正をしていたら、あちらで会社が潰れ、こちらで会社が潰れた。
それでもまだ、書き終わらない。
そのうちに、何事も無かったかのよう。
人の興味や流行は、自分のが作る文字列よりも早いのだ。
君がこの文字列を解釈するころには、僕は生きているのだろうか。

2008年9月13日土曜日

美的表現

私達を見せる方法はいくらでもある。
その中で、一番私達を美しく見せる方法がこれである。
printfだ。
その、美しく見せる方法を真似ようと、若い子も皆こぞって真似をする。
これは、必要なところに必要な隙間を開け、見せたくない所は見せないようにすることができる。
けれど、この美的表現には、大量の人員を必要とするので注意してもらいたい。
最後にだが、抱き合わせとしてscanfが付いてくることがあるが、こいつは決して使わないようにしましょう。

JavaでProcessing

まず始めに。EclipseでProcessingを使ってみた。そのときの感想をこれから述べる。

ProcessingのsourceをJava形式にするのは、ExportしたときにできるJavaのsourceから理解できたのだが、実際にEclipseで書いてみると問題点がでた。
まず、Processingにあるmethodは全てPAppletのmethodなのだ。よって、Processingのとき、1つのfileに書いていたclassをばらけさせると、compileが通らない。勿論、あの便利なmethod達が使えないんだ、困ったもんだ。
また、ProcessingをJavaに直すとき、colorはint型に全て置換されていた。これは、最初気付かず、酷い数のcompile errorを出してしまった。
その後、間もなくcompileが通り、EclipseでProcessingをやる真の目的である、Debug作業を開始できたわけなんだが、1つ解ったことがある。

それは、ProcessingはProcessingの書き方が良いのであり、Javaの書き方が良いのであればその様な書き方になっていたはずである。

2008年9月4日木曜日

また別の哲学

僕らは、宣言され、定義される。この二つを行わないと、生まれることはできない。
宣言とは、最低限の動作の表を作ることである。
定義とは、動作そのものを決めることである。
僕らは、新たに生まれることはあるが、新たに生まれたら消すと言われるまで、行き続ける。例えこの世が終っても。
僕らの多くは、予定されていた通りに生まれ、ある時代を生きる。この世の初めから終わりまでの奴も居るし、ほんの一瞬の時代しか生きられない奴も居るが、全ては予定された死なのだ。
僕らは、自分が親にも子にもなれる。親は、何人居てもいいが、余り多かったり、親同士が親戚の関係だと色々と問題が起こりやすい。
自分と他人とは、自分が決めた方法で見分ける。自分が決めないと何も決まらない世の中なんだ。
だから、僕は誰とでも同じだし、自分とすら同じでないことだってできる。そう、同じかどうかを見分けるときに、自分と自分が同じかどうか問えるようにしないといけない。
自分が決めなければならないことは、他にも沢山ある。どう生まれ、どう死ぬか、どう子供と接するか、どう見せるか、まだ沢山決めなくてはならない。
だから、僕らは、色々な人生の歩み方がある。
昔ながらの方法で生活する可哀想な人達。
ものに頼っている、流行を求め続ける若者達。
全てが型に嵌めて、俗世間から離れいく仙人達。

ああ、なんてこの世の中はひねくれているのだろう。

2008年9月2日火曜日

ある1つの哲学

僕らは、新たに生まれ、誰にも必要がなくなると消えてしまう。
では、始めは。勿論、神が『新たに』と言ったのだろう。
僕らは皆、そのはじめの一人の子孫であり、親は一人である。
僕らは、親の特性を継承し、さらに研ぎ澄まされていく。
また一方で、親と同じことは全て親に任せることにしている。
自分と他人とは、基本的に立っている場所で確認する。
自分と同じ場所に立てるのは、自分と天使だけなのだ。
自分が最後と宣言しない限り、子供を作ることができる。
子供を自分の家系以外の特徴が欲しいなら、『境界面』と呼ばれるグループに入れてやること。
僕らは、親の格好をすることができる。けど、子の格好をすることができない。
子供は、いつ何人できるかわからない。そんなものにいったいどう成れというのか。

2008年8月31日日曜日

Prologue

私の一族は、皆一様に苗字が『阿井』である。
私の一族は、『アイ』という伝説の人物がいる。
彼(彼女)は、神出鬼没で、いつもグルグルと回っては姿を消す。
私の一族は、整数を暗記でき、私も同様だ。
一般に-2147483648~2147483647の範囲が暗記可能だが、これはそう決まっていたものであり、もし別の世界に私たちが居たのなら違う値に決まっていただろうと思う。
また、勘違いをして欲しくはないのだが、負の数のほうが多くの数を覚えられるのは、マイナスの考え方の問題で決してマイナスが好きだからではない。

某阿井さんの自己紹介文

2008年8月30日土曜日